意識高い系中島diary

都内在住。意識高い系大学生の見聞録。Twitter ID @Nakajima_IT_bot

ワールドカップが楽しくてしかたがないのは何故なんだろう

 

 

 

 

ここ数年で明らかに僕のスポーツ観戦の仕方が変わってきた。

試合を見ることが、チームを応援することが、選手の一挙一動に一喜一憂することが楽しくて仕方がないのだ。

 

先日のワールドカップもそうだった。とてもアツかった。

 

その日はカフェでレポートを仕上げていたんだけど、ふと21時過ぎにはTwitterを開くとタイムラインは日本VSコロンビア戦で大盛り上がりだった。

 

どうやら試合開始早々にコロンビアの選手が退場処分を喰らい、早速日本が先制したということだった。

 

格上相手に思わぬ先制攻撃を与えた日本代表に、タイムラインは大盛り上がり。僕もなんだかいても立ってもいられなくなり、家に帰ってテレビをつけた。

 

少し昔の僕なら絶対ワールドカップを観るために家に帰るなんてことはしなかっただろう。少なくとも高校まではそうだった。

 

だけど今はスポーツ観戦が楽しくて仕方がない。浪人中に観たラグビーワールドカップは血が滾るような手に汗握るアツい闘いが繰り広げられ、リオデジャネイロ、平昌オリンピックも各国の代表が金メダルを目指し、時に敗れて泣き、時に勝利に涙する選手たちの闘う様に、僕は大きな感銘を受けた。

 

なぜなんだろう。まるで選手になったかのような気持ちで試合にのめり込んでしまう。

 

数的有利ながらカウンターで急に攻撃に転じたコロンビアのシュートを止める川島、半端ない大迫、国民的サッカー選手ながら調子が悪いハメス・ロドリゲス。

 

彼らの動きから目が離せない。

 

僕もこんな大舞台でプレーしたい

 

ふとそんなことを思う。

 

 

 

何万という観客の声援を受け、国を背負いピッチ立つ気分とは一体どんなものなのだろう。

 

鼓膜を劈く声援に勇気が漲るのか、それとも国の威信がかかっているというプレッシャーに膝が震えるのか、はたまた長年の夢が叶った感動に涙が溢れそうなのか。

 

その舞台にいない僕には彼らの心中を推し量ることしかできない。

 

出来ることなら僕もあの場所に立ってみたい。きっとゾクゾクするだろう。

 

 

絶対やってやるぞという闘志と緊張の狭間で試合開始のホイッスルを待ち望み、震える脚で初めの一歩を踏み出すのだ。

 

 

闘志と緊張

 

これこそが僕の求めているものかもしれない。だからこそその2つの間で闘う彼らに憧れ、のめり込み、熱い声援を送るのだ。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆

 

小学校、中学校、高校と、僕は部活漬けの毎日を送っていた。朝練で4時半に起き、クタクタになって一限を迎えほとんどの授業を寝て過ごし、放課後も日が暮れでもなお練習に打ち込んだ。

 

あの頃は僕が主人公だった。

 

練習とは大会で最高のパフォーマンスをするための準備であり、試合は僕に用意された最高の舞台だった。

 

 

 

今でも忘れられない試合がある。

 

 

中学生最後の大会、初戦の相手は僕の地区の優勝候補で中堅レベルの僕らは勝ち目がないと思われていた。

 

しかし予想に反して僕らは善戦し、0-06回を迎えた。

 

そして2アウトランナー2塁で僕に打順が回ってきた。

 

大会というのは不思議なもので、普段のバッティング練習とは全く違う。

 

相手のエースが地区ナンバーワン投手というのもあるのだろうが、マウンドから僕までの距離が恐ろしく近く感じる。

 

ただこの時の僕は五感が研ぎ澄まされていた。

 

今でも一球目のボールが「シュー」という音を立てながらインハイを抉ってきたのを覚えている。

 

いつもなら死球への恐怖で身を仰け反らせる僕だが、このときは少し背を反らせるだけで冷静に球を見送った。

 

当たったところで痛いだけだ。死ぬわけじゃない。

 

何故かこのときだけ悟りを開くことが出来た。

 

 

 

続いて二球目。

なぜか投げる前から打てる気がした。

 

少し間を置いて投球に入るピッチャー。

 

帽子の奥から覗いた鋭い眼光と僕の視線とが交錯する。

 

スリークォーター気味の右腕から放たれた白球は僕から最も遠い、外角低め目掛け、キャッチャーのミットまでの18.44mを射抜こうとした。

 

しかし目一杯踏み込み、ぐんと腕を伸ばした先に握られた僕のバットが白球を捉えた。

 

カーン

 

乾いた金属音を残し、仰角30度で右中間に飛んでいった。

 

この後のことはよく覚えていない。

 

どこまで球が飛んだのかもよく分からず、ただがむしゃらにランナーコーチがグルグルと回す腕に従いベースを駆け抜けた。

 

次の瞬間には頭から3塁ベースに飛び込み、すぐさま顔を上げバックスクリーンのスコアボードを目を凝らして見た。

 

累々と積み重ねられた「0」の先に光る「1」の文字。

 

ついに勝ち越したのだ。

 

僕のバットで。

 

あの時の喜びをなんと言い表せばいいのだろうか。

 

60兆個の細胞が一斉にガッツポーズをしたというか、全身の血が沸騰するくらいの熱を感じたとか。

 

うまい喩えが見つからないが、とにかく僕は今までで1番派手に拳を天に突き上げた。

 

あのとき感じた音、空気、匂いを、僕はこの先も忘れないだろう。

 

その後7回をピシッと抑え、僕らは優勝候補相手に勝利をもぎ取ることが出来た。結局次の試合で敗れ、さらに上に進むことは出来なかったけど、あの時の感動はきっと僕以外のチームメイトも覚えているだろう。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆

 

この時ほどの闘志、緊張感は、今の生活ではなかなか感じることが出来ない。

 

 

僕は大学で色々あって体育会に入らなかったが、その代わりに今までとは比にならないくらい自分の時間がある自由な生活を手に入れた。

 

 

もちろんそれはそれで素晴らしいのだけど、部活をやっていたときのように獣のように闘志を剥き出しにしたり身体が震えるような緊張に身を晒す機会はほとんどない。

 

 

そう、僕はそんな燃えるような舞台で死力を尽くす選手に憧れているのだ。

 

 

昔僕が感じたあの痺れる空気を、世界の舞台でより大きなスケールで感じながら闘う彼らが羨ましくて仕方がないのだ。

 

 

そしてその闘志と緊張が充満した痺れる空気を、試合を観ることで少し分けてもらおうとしているのかもしれない。

 

 

事実、日本代表の試合を見た僕はかつて闘う側にいたころの記憶が蘇り、なんだか懐かしい気分に浸った。

 

 

 

やっぱりスポーツはいいものだ。

 

今年のワールドカップは今までで1番楽しめそうだ。

 

次の試合は誰かと観ながら感動を分かちあってみたい。

 

そうだな、HUBとかに行ってお酒を片手に観るのもいいだろう。

 

 

それでは皆さん、良いワールドカップを。

 

 

 

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