意識高い系中島diary

都内在住。意識高い系大学生の見聞録。Twitter ID @Nakajima_IT_bot

すぐに謝らない方が成長できる

 

 

 1995年春。都内のとある大学で実験が行われた。


被験者はその年に入学した一年生のうちドイツ語を選択した総勢60名の学生。

 

30人づつの2グループAとBに分けられて実験は行われた。

実験の対象となったのはドイツ語の授業。初学者向けの授業で、この授業では教師の説明を聞くよりもドイツ語を話すことに重点が置かれ、教師は問題の答えを学生に聞き、簡単な会話を交わしたりして能動的に学べる授業が行われた。

 


講義に差が出ないようAグループ、Bグループ共に同じ教師が担当した。


ほとんど同じ内容の授業をしたAグループとBグループだったが、学期の最後に行われたテストでの平均点はAグループが100点満点中82点、Bグループがが68点だった。

 

Aの方がBより10点以上平均点が高い。

 

同様の実験を他の言語の授業で行なったが結果は同じで、Aグループの平均点はBグループより高かった。

 

 

 

実はこの実験、AグループとBグループではたった一つだけ教えた内容に違いがある。


ある単語をAグループでは教えておらず、逆にその単語をBグループでは教えていたのだ。

 

その単語とは何か。

 

それは「ごめんなさい」という単語である。

 

ドイツ語でごめんなさいは”Verzeihung” (フェアツァイウング)という。


Bグループではこのという”Verzeihung” という単語をまず初回の授業で教え、その後も何度も授業で使った。


教師が授業にちょっと遅刻したり、演習で間違った答えを教えてしまったりすると、事あるごとに”Verzeihung” と何度も言った。

 

その結果、”Verzeihung” という「ごめんなさい」を意味する単語をBグループの学生はすぐに覚えた。


先程説明したように、この実験では授業はコミュニケーション重視で行われた。黒板に書いて説明することよりも教師の質問に答え周りの人とドイツ語でやり取りすることが求められた。

 

ごめんなさいという意味の単語を学んだBグループの学生たちは、先生に質問を投げかけられても答えが分からないとすぐに”Verzeihung” 「ごめんなさい」と答えることが多く、学生同士でドイツ語でコミュニケーションを取るときも間違えるとすぐに「ごめんなさい」と言い、話が進まなかったという。

 

 

 

対するAグループはごめんなさいという言葉を知らないため、教授の質問に対する答えがわからなくても何とか考えた。中にはすっかり分からないので沈黙してしまった学生もいたが、この実験ではAグループでは教師は学生が答えるまで助け舟を出してはいけないという設定が課されていたため、学生が何か答えるまで辛抱強く待った。

 

学生側も普通は黙っていれば教師が助けてくれそうなものだが一向に動かない教師をみて観念した。分からなくても何か口に出し、周りの友人に助けを求めたりもした。

 

結果、何でもいいからとにかく言おうという姿勢が生まれ、Aグループの学生はBグループに比べ積極的に発言するようになった。間違えても「そういうことか」と次に活かせるようになり、着実に知識をつけていった。



そして学期末に行われたAグループのテストの得点はBグループよりも10点以上高いという結果になった。先ほども触れたようにこの傾向はドイツ語のみならずスペイン語や中国語の授業での同様の実験でも見られた。

 

これらの実験から、謝るという行為は学習に支障をきたしていることが分かった。

 

多くの学生が分からないと思った瞬間に「ごめんなさい」と言い、教師の助けをすぐに求めた。自分の力で考えることを放棄したわけだ。


人は謝ることで、自分の間違いに対し、相手に対して申し訳ないといった気持ちを表す。しかし、こういった学習の場においてすぐに謝るということはあまりいい意味を持たない。

 

思考を放棄し相手に丸投げしてしまっては意味がない。時間をかけてでも自分でじっくり考え、答えを出すことが成長に繋がるとこの実験は結論づけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というのは僕の作り話だが、すぐに謝るよりも自分でどうすればいいか打開策を見出す方がいい結果に繋がると僕は思う。

 

特に勉強や仕事の場ではミスをしてもすぐに謝るのではなく、ミスした理由、改善策をきちんと考えた方が次に繋がる。もちろん謝罪の言葉を口に出す方が対人関係がうまくいくならそうした方がいいが、謝るだけでは成長に繋がらない。

 

ここまで作り話を書いてきたが、中国語やスペイン語をちょっとだけ勉強していたとき、「ごめんなさい」の単語は教えられていなかった気がしてきた。僕がきちんと勉強していなかっただけの可能性が高いが、もしかして、もしかすると今僕が書いたようなことが実際に分かっていて意図的に謝罪の意味の言葉を教えないようにしているのかもしれない。そんなことないと思うけど。(第二外国語を勉強している皆さん、「ごめんなさい」って意味の言葉知ってます?)

 

とにかく、僕はすぐに謝るよりも自分で考えることが大切だと思う。

 

僕も失敗を恐れず、積極的に学んでいこうと思う。