意識高い系中島diary

都内在住。意識高い系大学生の見聞録。Twitter ID @Nakajima_IT_bot

ああ愛しき秋よ

 

 


今までの人生を振り返ってみると、調子がいい時期というのはほとんどが秋だったように思える。ここで言う調子がいいとは、運動、勉強、体調、恋愛その他もろもろ、全てにおいて何もかもが上手くいくような状態を指す。

 


もちろんそんなに都合のいい時期は滅多に訪れるものではない。しかし確かにそいつは何年か経った頃、思い出したようにふとしたきっかけでやってくるのだ。

 

そいつが初めてやってきたのは僕が小学校6年生の時だった。

何不自由無く、成績も運動も上の方で過ごしてきた小学校生活。たまに喧嘩したり変な恋愛の噂がたって教室に居づらくなったこともあったが、概ね順調だった。

 

 

そして突然、どういうわけだか小学校6年生の8月から9月にかけて、僕は無敵になったのだった。

 

地域の水泳大会で平泳ぎとリレーで大会で大ベストを出し入賞したのを皮切りに、続く9月の陸上大会でもハードル走とリレーで入賞し、しばらくの間学校でもてはやされた。

 

そしてそのとき好きだった女の子が僕を好いているとの噂も耳にし、紛うことなき小学校生活における絶頂期を迎えたのだ。

 

なぜそれが秋だったのか覚えているのかというと、僕に忘れられない思い出があって、その光景を今も覚えているからだ。

 

その好きだった子と僕は同じハードルの選手だった。

 

大会2日前。最後の仕上げとして本番並みの緊張感のもとタイムを測った。4つあるレーンにはもう1人の男子の選手と、女子の選手2人が並んだ。僕と彼女が真ん中2本のレーン。

 

 

よーい。ドン。

 

 

それが笛だったか空砲だったか思い出せないが、合図とともに僕は飛び出した。

 

スタートの得意な彼女が1歩リード。しかし徐々にスピードを上げた僕が1つの目のハードルを越えたあたりで彼女に追いつく。

 

抜き去る瞬間、彼女のきれいな横顔を見た。
ああ、僕はこの子が好きなんだと、懸命に息を切らして走りながらもそんなことを考えた。

 

 

視線を戻し、2つ目のハードルを飛び越えたその時、僕は目の前の空が、まるでオレンジの絵の具をひっくり返したように赤橙色に輝き、そのあまりの輝きを隠したがるかのようなどす黒い雲の塊が低く垂れ込めているのを見た。

 

そしてさっきまで聞こえなかったゴウゴウという空の唸る音が聞こえ、僕はいまどこにいるのだろうという不安にも似た、どすんと心が揺さぶられる感覚に襲われたのだった。

 

そんな気持ちとは裏腹に、何時間もの練習を経た僕の体は機械的にハードルを越えた。たしかに僕の体であるのは間違いないはずなのに、まるで生まる前にこの手足はハードルを飛び越えるために付けられたとでも言わんばかりに面白いように飛び越えて行った。

 

悪くないタイムでゴールした僕は、徐々に速度を緩めながら、はぁはぁと上がった息を聞きつつ、あの魔力に満ちた空を眺めていた。秋は日が沈むのが早い。まだあれから1分と経っていないのに、雲はいよいよ夕焼けを覆い尽くさんばかりに広がり、すぐそこまで夜の闇が近づいていた。

 

そこにもう1つ、はぁはぁと早いテンポの呼吸が近づいてきた。

 

 

「中島くん絶好調だね。」

 

 

ああ、この子は正面から見ても美しいのだと、小学校6年生だった僕は幼いながら生意気にそんなことを思ったのだった。

 

 

いよいよその姿を消さんとする夕陽に照らされた彼女の顔は空と同じ赤橙色に輝き、燃えるような瞳が僕を捉えていた。

 

その大きな瞳の中に、僕に対する好意の欠片を感じ取ることが出来たそのとき、僕の恋は実ったのだと直感で分かった。渡り鳥が迷わず何千キロも飛んでいくように、鮭が産卵のために川を上るように、僕の中の本能とも言えるものがそれを感じ取った。

 

太陽が沈み、灰色のグラウンドにあるものは、人、物を問わず、みなその輪郭がひとつにぼやけた。白の体操着を着てた僕らはなおさらグラウンドと一体化し、なんとも不思議な光景を目にしていた。

 

そのとき、僕は生まれて初めてこれが幸せというものかと心から感動していた。体を動かしたあとの充実感。美しい景色をその目で見た高揚感。そして目の前で恋が実ったと悟った幸福感。今まではある時々に別々に体験していたものがいっぺんに来たのだ。盆と正月がいっぺんにやって来るよりも大きな、ついでにクリスマスも誕生日もやって来たような幸せな気持ちに包まれた。

 

あの幸せな瞬間を彩った夕焼けを、僕は今でも覚えている。

 

 

 

 

 

その後も三、四年に一度、あの時のような絶好調な時期を僕は迎えた。そしてそれは決まって秋だった。気温が下がり、日が短くなった夕暮れのあるときに、決まってそいつはやってきた。

 

そしていま、僕は小学校6年生、中学3年生、高校2年生以来の絶好調の時期を迎えている。何もかもが上手くいくような、そんな満たされた気持ちがここ暫く続きている。

 

ただそいつは永遠に続く訳では無い。ある日突然、緊張の糸が切れたかのようにふとまた通常運転の日々が始まってしまう。しかしそれは当たり前のことだ。鳥がいつまでも飛び続けていられないのと同様、僕もいつまでも最高速で走り続けるという訳にはいかない。

 

ただ今回の調子のいい時期は、もっと長く続いて欲しいとは思う。言うまでもなく、調子は悪いより良い方がいい。

 

せめてこの心地のいい秋晴れが続く間は僕に夢を見させておくれ。

 

ああ愛しき秋よ。

 

 

すっかり太陽が沈みぐっと気温の下がった外を歩きながら、そんなことを考えた。

 

あの共にハードルを飛び越えた彼女は今、どこで何をしているのだろうか。

 

僕には知る術がない。