意識高い系中島diary

都内在住。意識高い系大学生の見聞録。Twitter ID @Nakajima_IT_bot

「人脈」という言葉の違和感

 

 

 僕は平凡な大学だが、このブログを書き始めはや8ヶ月が経とうとし、その間に色々な人たちと会ってきた。

ブログを書くという新しい挑戦を始めて心持ちがポジティブになったせいか、以前より意識を高く持つ刺激的な人との出会いが多くなった。

 

Googleのオフィスに行って話を聞いたり、20代で起業し既にいくつか会社を持ってる経営者や、モデル、アナウンサー、音楽プロデューサー。スポーツの日本代表選手からオリンピック選手にも会って話を聞くことができた。はたまた誰もが知ってる大企業の社長さんまで。普通は会えないような人たちと直に会って話をする機会に恵まれた。

 

これは決して僕が大物とかいうわけではなく、ただ単に自分が飛び込んだ環境がとっても恵まれた場所だったからだ。もちろん僕がブログを書いていることは明かしていないので、ただの平凡な大学生としてそういった方達に会っている。

 

 

 

もちろん会ったからなんだという話ではない。いくら大物と会ったところで自分が賢くなる訳でも大金が降ってくる訳でもない。そこで得た知見をどうにかして自分の役に立てていかなくてはならない。会うだけでは意味がないのは当たり前のことだ。

 

そして一流の人たちに加え、大学関係でも意識が高い人たちに会うことが増えた。プログラミングスクールに通っている人、教授の研究補助を早くにしている人、起業家セミナーに通っている人などなど。彼らの話はとても意識が高く、その姿勢は大変尊敬できるものだ。僕も彼らのように意識は高く持ちたい。

 

がしかし、僕は彼らに対しずっと感じてきた違和感があった。

 

それは彼らがよく使う「人脈」という言葉だ。

 

「このセミナーでスタートアップ界隈の人脈ができたよ」

「やっぱり若いうちに人脈作っておかないと」

「この集まり人脈広がるから来なよ!」

 

などなど。こんな感じで話しかけてくる人が多い。あたかも人脈が全てかのように。

 

 

 

僕はこの「人脈」という言葉に違和感を感じて来た。彼らは世間一般からすれば「意識が高い」人たちだろう。よく馬鹿にされるのは意識は高いが行動が行動は伴っていない「意識高い系」の人たちだ。彼らははたからみれば身の程知らずな活動をして勝手に忙しそうに走り回っているようにしか見えない。意識は高いが、高いだけで何も生み出していないため最後に「系」がつく。それが意識高い系だ。

 

僕には自分の身の回りにいるプログラミングスクールに通ったり起業家セミナーに通う人たちを「意識高い系」と揶揄する資格はない。もちろん意識は低いより高い方がいいに決まっている。

 

ただ彼らが好き好んで使う「人脈」という言葉には違和感を感じずにはいられなかった。

 

この違和感は意識高い系の使う「人脈」という言葉が「一方通行」なことが原因だと思う。

 

彼らは自分にとって有益な働きをしてくれる能力のある人を「人脈」と呼び、彼らと知り合うことを「人脈を広げる」と言う。

 

人脈を広げ何をするかといえば彼らに話を伺い、自分がこの先どうしたらいいのかや、このアイデアはどう思うかなどアドバイスを求めたりする。さらには彼らの知り合いを紹介してもらいさらに人脈を増やそうとするだろう。

 

 

 

 

ただこの「人脈」は一方通行の関係でしかない。

 

人脈を作りたい側の意識高い系は優秀な人とただ知り合い、話をさせ、助言を求める。人脈として見なされた側はただ自分の話をするだけだ。

 

GIve, Give, Give, Give

 

ただ意識高い系にGiveするだけで向こうが何かをTakeすることはない。

これではGiveの一方通行。ただいいように利用しているだけではないか。

 

この自分からは何も相手に提供できないにも関わらず、相手からは有益な情報を得ようとする関係性を「人脈」と言い表すことに違和感を感じていたのだ。

 

本来、人脈や人のつながりと言うものは点と点が結びつき新しいものを生み出すためのものではなかったのか。互いが互いにとって有益な情報交換をし、刺激し合い、新しいものを生み出す。そのための「人脈」ではなかったのか。

 

ただ意識だけ高い大学生が一流の人に話を聞き賢くなったつもりでいて満足そうな顔で「〇〇との人脈できたわ」なんて言ったら身の程知らずにもほどがある。ただいいように利用して自分からは何も提供できていないのに「人脈」なんてあたかも自分が対等に相手と仕事ができるかのような響きの言葉を使う。

 

やはり違和感を感じずにはいられない。

 

 

 

そして一方で冒頭で紹介したGoogleで働く方やオリンピック選手など、本当の第一線で活躍する方々の口から「人脈」という言葉が出てくるのは聞いたことがない。「〇〇の社長と知り合いでこの前飲みにいったよ」程度で決して「〇〇に人脈あるよ」とか「〇〇に顔広いし君も今のうち人脈作っときな」なんて言わない。

 

彼らは他の第一線で活躍する方と会えば互いに自分のやっていることを熱く語り、今度〇〇で一緒に仕事しません?と新しいビジネスを生み出している。実際にそうやってたまたま出会った人たちがその場で新しいアイデアを思いつき熱く語る瞬間に立ち会ったことが何回かある。

 

互いにできること、やりたいことを提供しているのだ。

決して一方通行の関係性ではない。

Give and Take. 

どっちも得する関係だ。

 

こんな感じで僕が「人脈」と言う言葉に感じていた違和感は「一方的に相手から有益な情報を得るだけで相手に何も提供できないのに、あたかも対等に渡り合っているかのような雰囲気を醸し出している」と言うことに起因すると分かった。

 

僕もただの大学生だが近いうちに自分ができることを見つけられたらなと思う。そうすればすごい人に出会ったときも互いにやりたいことを語りあい、新しい価値がそこに生まれるはずだ。

 
 

 

<参考記事>

www.nakajima-it.com

 

www.nakajima-it.com

 

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