ギャルと飲んで学びっぱなしだった話

 

午後8時、渋谷109前、待ち合わせ場所で女の子を待った。

彼女の名前はアンナ。以前飲み屋で席が隣でたまたま仲良くなり連絡先を交換したのだった。僕も彼女も春休みで時間があり、せっかくだから飲みに行こうという話になった。

2月の渋谷は平日でも人が多い。東京の大学生はだいたい渋谷に集まる。ファッション、映画、本屋に飲み屋。渋谷にはなんでも揃っている。

アンナは109の中から現れた。手には大きな袋を持っていた。

やばい。ちょっと早くついたからちらっと見たんだけどめっちゃやばいのあって買っちゃった。やばい。

久しぶりーの挨拶もなくいきなりこんな調子でアンナは話しかけてきた。

飲み屋が暗くて良く見えなかったのか、アンナの印象は以前とだいぶ違っていた。

高いヒールに黒の革ジャン、長い茶髪に大きなつけまつげ。どっからどう見てもギャルだった。確か前見たときはもっと普通な感じだった気がしたんだけど。
とにかく僕も簡単に言葉を交わし、近くの飲み屋に入った。

向かう途中、僕が何も話しかけずともアンナはずっと喋っていた。

「今日マジ寒いやばすぎ。さっき買ったやつマジで着ようかな。マジやばい。」

出会って3分で一週間分のマジとやばいを聞いた。しかしこの後、僕は一年分のマジとやばいを聞く事になるのだった。

こんな調子だとアンナは相当なアホかと思うかもしれないが、誰もが知っている大学に通っている。一応賢い女子大生ではあるのだ。

 

店に着きお酒と料理を頼む。まだまだアンナのおしゃべりは止まらない。

「いやー予約してくれてマジあざっす。ここのきゅうりめっちゃ好きなんだよねー」

はっきり言って前は大学名くらいしか聞いてなかったので彼女のことは何も知らなかった。こういうギャルと飲むのは初めてなので、彼女らの生態はどうなっているのか非常に興味深かった。そこで僕は実態を解明すべく、サークルはどうなの?と聞いた。彼女はテニサーに入っていると答えた。

「テニサーマジ終わってる。ウチ入ってから一回もテニスしたことないし。ほんとお酒飲むだけ。この前も合宿あったんだけど四日で6万とかぼったくりにもほどあるしwさすがに行かなかったわw」

どうやらどこの大学でもテニサーはこんな感じらしい。

「飲み会まじやばいからね。レモンサワーとかカシオレとか弱いの頼んだら、は?って言われっからwコールはうるさいし気持ち悪くなるし。だからウチマジでキレるから。コール向けられたらほんとにガチでキレるの。そしたらね、最近マジで先輩に狙われなくなったw強気ってまじ大事。これ覚えといてwまあでも人にコール振るのは好きなんだけどw」

僕はこの飲み会が不安になってきた。
どうやらアンナは相当気が強い女らしく、酒も強いらしい。

ここまで聞いてアンナは大学にいるいわゆるウェイで、脳みそ空っぽ女かと思ったのだが、話を聞いているうちにどうやら違うことがわかってきた。

 

「てか大学って時間の無駄じゃない?ウチの友達みんな授業の合間に食堂でだべってるんだけど。マジで時間の無駄。だからウチ空きコマ家帰るもん。それかその時間だけバイトしてる。でもこの前早く帰りすぎて女友達から”アンナ帰るの早すぎ。うちのこと嫌い?”ってラインきて。そういうのめんどいじゃん?だからもうそこでブロックだよね。うちマジでめんどくさいの無理。」

どうやら彼女は極めて現実的なものの見方をするようだった。

やはり女の仲はいくつになってもめんどくさいようで、今でも中学校と同レベルの争いが絶えないらしい。

「誰と授業受けてた、とか誰とご飯行ったとか、誰のインスタいいねしたとかでマジで揉めてるから。ほんとめんどくない?いやお前らガキかよwって。マジで中学と変わんないw」

彼女の中学は僕の中学と同様、相当荒れていたようだ。その中でアンナは気が強くよく先生と揉めながらも成績は優秀な、教師からしたら憎たらしい女だったらしい。

「自分が生徒にいたら絶対いやだわwこんなのいたらマジめんどいよね?うざいと思うw」

そういうと彼女はカバンからタバコを取り出し、火をつけた。
タバコ吸うんだねと言うと

「そうそう。前のバイト先でみんな吸っててうちも吸い始めたのw」

と答えた。タバコの匂いがあたりに広がる。
ここで僕はある事に気がついて、一つ質問してみた。

「もしかして前のバイト先ってキャバクラ?」
「そうそう!よくわかったねw」

 

彼女はあっさりと答えた。僕はキャバクラには行ったことがないが、そこで働く友人の話をよく聞いていた。キャバクラの特徴として、働く女性の喫煙率の高さ、ライターの手慣れた扱い、店員さんを呼ぶときに”お願いしまーす”と言う、等があるが、これらがアンナに当てはまっていたのだ。

キャバクラのバイトは大学の友達に誘われたもので、とても時給がよくかなり稼げてたのだが親にバレて辞めさせられたらしい。

「マジで稼げたんだけどなw時給3000円だったからねwこれでも低い方だからwうち半年で辞めたから低かったけどあと少しいたら4000は行ってたと思うw」

しつこく迫ってくるおっさんもいたらしいが、面倒だと判断した客はすぐにブロックし、ブラックリストに入れてもらっていたらしい。

「やばいと思ったら即ブロックね。これウチの哲学。人間関係の悩みはマジで病むから。」

年下のアンナがなんだか大人の女性に見えてきた。

アンナは合理的だった。たしかにお金を稼ぎたいなら、若くて美しいうちにそれを評価してくれる場所で働けばかなりの額を稼げる。ただそういう場所は世間一般には汚い場所とされている。ガールズバー、キャバクラ、風俗がそれだ。

 

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闇金ウシジマくんでも若い女はなんとか金を返す道が残されているが、年をとるとそうもいかなくなる様子が描かれている。

でも自分が納得してやってる以上、他人にとやかく言われる筋合いはない。

 

 

「うちいま地元の居酒屋でバイトしてるんだけどまじ楽しいよ。みんな友達だしなんなら店長とオーナーとも仲良いし。だから嫌なことあったらすぐふざけんなっていってブッチして帰れるwこの前店長がミスったのにウチのせいにしてきたからさすがにキレたよね。で壁蹴っ飛ばして破っちゃったんだけど次の日デコピンで許してくれたwやさしいw」

おいおいさすがにそれはやりすぎだろと思ったが、アンナは周りとうまくやる能力に長けているようだった。
たしかに口は悪いけど嫌な感じはしなかった。
それにキャバクラで働いてたからなのかギャルだからなのか分からないが、非常に聞き上手だった。

僕の勉強の話とか映画の話もよく聞いてくれて、話していて気分がよかった。特に印象に残ったのが同意が多かったことだ。

たとえば「最近時間ありすぎて何したらいいかわからない」というと

「ありすぎるよね。分からなくなる。」

と返ってくる。

なんてことはないのだが、人は同意されると気分が良くなる。彼女は何についても同意してくれた。

 

「俺筋トレにハマっててさー」
わかるわかる。筋トレするよね。

 

「就職心配だよねー」
わかるわかる。まじ心配しがち。吐きそう。」

 

「この前地元の友達が窃盗で捕まってさー」
わかるわかる。捕まりがちだよね。

 

お前どんだけ分かんねんと心の中でツッコミを入れたがこっちの話を聞いてくれて気分がよかった。彼女なりの処世術なのかもしれない。

 

 

お会計を貰い、そのあいだに彼女は最後のタバコに火をつけた。そしてライターを僕に見せてきた。

「見てこれ。この前このライター間違って洗濯しちゃって。で見つけて火つけてみようとするじゃん?その時家誰もいなくて。まじで爆発とかして家事になったらどうしようってビビりながら火付けたらちゃんとついて。」

「うん」

「まじライターすごいよね。」

「うん」

「毎日が新しい発見ばかりだわ。」

そう話す彼女はとても楽しそうだった。

「まじライター洗いがちだよね。」

これが彼女の口癖なのかもしれない。

結局そのあと近くの店でアイスを食べて帰った。やばい今気付いたんだけど明日朝から友達と遊ぶんだったw起きられないwと言い残し、颯爽とアンナは帰っていった。

 

帰りの電車、つり革を掴むサラリーマンの隣に立つ。社会に出れば毎日何かを我慢しなくてはならない。まだ学生の僕ですら何かしらの我慢を強いられるのだから、大人はとても大変だ。アンナのようなやり方は、責任を持たなくていい大学生の今だからできることだろう。バイトをブッチしても、人間関係を強引に終わらせてもまだ許される。しかしもうあと何年かすればそうはいかなくなる。

でも、自分の嫌なことは嫌といい、好きなように楽しむのが一番いい。余計なことに心を病むのは無駄だし、時間は有効に使うべきだ。他人のいうことなんか気にせず、好きなように生きるのが、本当は正しいあり方なのかもしれない。

電車に揺られると少しずつ酔いが回ってきた。

 

前のサラリーマンがいなくなったので腰掛ける。

今日のことを思い出しながら僕は眠りについた。

コートからほのかにタバコの匂いがした。

 

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