周りを見渡しても仲良くなれそうな人が誰もいない。おまけに酒のせいで気持ちが悪く、立ちっぱなしなので足も痛い。これにあと5時間耐えねばならない...なぜあのとき帰らなかったのか...
ここはクラブ、孤独なダンスホール。
意識が朦朧とする中、周りを見渡す。
カウンターから絶え間なく出てくる酒、フロアに充満するタバコの煙、キスし合う男女、因縁をつける男たち...
カオスだ。ここにドラッグがあれば、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」そのものだっただろう。
2時
帰りたい。帰りたい。猛烈に帰りたい。帰ってあったかい布団で寝たい。だいぶ昔のCMの
「帰りたーい 帰りたーい あったかハイムが待っている」
が鳴り響くEDMに逆らって脳内再生される。
もし魔法が使えるなら指パッチンしたら家に瞬間移動できる能力が欲しい。ハリーポッターで屋敷しもべ妖精が使ってたやつ。もう限界だ。そうだ、どっか漫喫に入って朝まで寝よう。そうしよう。
そう決心して荷物を取りにロッカーに行くと誰かに肩を掴まれた。
「おお、中島じゃん!覚えてる?」
一瞬誰だかわからなかったがすぐに思い出した。なんと彼は六本木であったマナブさんだったのだ。
「こんな場所でまた会うとか運命でしょ!お前は俺の相棒だわ!朝までついてこい!」
さっきは落ち着いてたマナブさんはすっかり酔っ払っていた。なぜか彼は外国人4人といて、僕は彼らにソフトドリンクを奢ってもらった。マナブさんになんで渋谷に来たのか聞くと、
「なんかこいつらが俺らを渋谷に連れてけってうるさいから連れて来たのよ!カケルは彼女の家行くから帰っちゃったし!」
とのこと。そのあと二人でフロアを徘徊し続けたがマナブさんは酔っ払ってナンパどころではなく、僕も気持ちが悪いので早々に撤退することになった。
3時
店を出てすぐマナブさんの提案で別のクラブに行くことになった。色々回ると決めていた僕にとっては都合がいい。明るいところで見るとマナブさんは180cm近い黒縁メガネの好青年で、かなりがっちりした体型だった。15分くらい歩くことになったので、寒空の下他愛もない会話をして和む。どうやらマナブさんはジムに通っているそうで、僕自身もそうだったので筋トレについて盛り上がった。さらに話すと、彼は今25歳で大学4年生だった。三浪したんですか?と聞くと
「高校出たけど大学行く気は一ミリもなくてだらだらバイトして過ごしてたんだよねー
でも地元のやつらにバカにされて悔しくなって、生まれて初めてちゃんと勉強して、なんとか大学に入ったの。結構楽しいよ。」
そう語るマナブさんは生き生きとしていた。
やがて二件目のクラブにつくと、なんとマナブさんは僕に入場料を奢ってくれた。
「先輩が奢るのは当たり前だから!」
なんてかっこいいんだろう。でも僕らは二件目に行っても全くさっきと同じ状態で、二人とも体調が悪く、隅っこの方で仲良く話しているだけだった。
酔っ払って頭が働いていないマナブさんは途中からずっと僕のことを金田さんと呼び始め、30回くらい訂正しても直らなかった。あとなぜか僕が町田に住んでいると思い込み、「金田さん、町田帰れる?大丈夫?」って50回以上聞いて来た。訂正するのも面倒なので僕は町田に住む金田という設定でマナブさんの面倒を見た。
マナブさんの地元は東京の西の方で、かなり荒れた中学だったらしい。僕は中学のとき野球をしていたんだけど、マナブさんも野球部だった。先輩への挨拶のタイミングが少し遅れただけでドライバーが飛んで来たり、突如集められて五万円の集金を命じられたりするルーキーズさながらの中学だったらしい。それにしてもこの人はよく喋る。
それにしても本当に体が限界だった。僕らは地獄に必死に耐え、朝が来るのをひたすら待った。
いそのー!ここは地獄か?
— 意識高い系N島bot (@Nakajima_IT_bot) 2018年1月5日
4時
結局ナンパを諦めたマナブさんと1時間程度でクラブを出て、マックで始発を待つことにした。渋谷のマクドナルドは入るとこんな感じで、店員さんはパキスタンぽい外国人、客は欧米人と中国人で、日本語が一切聞こえなかった。
深夜の渋谷ってこんな感じなのか。マナブさんが「1つ質問いい?ここ日本だよな?」と真顔で聞いて来たのが地味に面白かった。
店内が清掃中で入れなかったので、マックは諦めて一蘭に行った。
「うー、吐きそう」と言いながら苦しそうに麺をすするマナブさんは一人ポツポツと語り出す。