シソじーさんの伝説

 

 

また、シソじーさんが来たんだって。

 

”またあの人来たの?私嫌よ、会いたくない。”

 

”そんなこと言ったってねえ。困ったものねえ。”

 

でっぷり太ったおばさん二人が、こんな会話をしていた。

 

ここはジムのサウナ。週3でここに通う僕はウェイトトレーニングを終え、ジャグジーに入り、このサウナで汗をかくのがルーチンだ。ジムのサウナはプールにある。水着で入れて男女共用だ。

 

”全くあのシソじーさん、いつまで来るのかしら。”

 

”悪い人じゃないんだけどねえ。”

 

おばさんたちはどうやら、シソじーさんなる人物に困っているらしい。

シソじーさん。彼は一体何者なのだろう。

 

”毎回毎回あんなに持ってこられてねえ。たまったもんじゃないわよ。”

 

”ホント勘弁してほしいわよ。あんなにたくさん、どうやって持って帰れっていうのよ。”

 

おばさんたちの会話によると、どうやらシソじーさんは僕らと同じジムに通う人で、何か大量のものをよくくれるらしい。

 

僕は会話に耳を傾けた。

 

”この前なんか2Lももらっちゃって。あのでっかいペットボトルで。あんな重たいのくれてもただの迷惑よ。”

 

”あらそうだったの!私も2Lもらったわよ。’体にいいから是非どうぞ’って。悪気はないんだろうけどねえ。”

 

”悪気がないからいいってもんじゃないわよ!あんたあれ飲んだ?

 

”飲んだわよ!気味が悪いけど、さすがに捨てるのは申し訳ないからねえ。一から手作りしましたって言ってたし…でも…”

 

”でも?”

 

”ちょっと、あれ味おかしくない?

 

わかる!あれ変な味よねえ!というか変っていうよりマズいわよ!

 

マズいマズい!あーやっとわかってくれる人に出会えたわー!渋いし酸味も強いしとてもじゃないけど飲めたもんじゃないわよ!

 

 

あのシソジュース!

 

 

なんと。シソじーさんとは、ジムに通う人に無差別に大量の自家製オリジナルシソジュースを配るおじさんのことだったのだ。しかもゲキマズの。

 

しかもそれを2L単位で持って来る、ウルトラはた迷惑なおっさんだったのだ。

 

”もう限界よ。孫も娘もみんな試しに飲んだんだけど、マズくて飲めないって言われちゃったのよ。もうどうしたらいいのよ。あの人毎回会ったらくれるもんだから、家にもう10Lもたまってるのよ。もう捨てちゃっていいかしら?”

 

 

”うちのおとうさんもマズくて吐き出しちゃったのよ。なんだこれはー!って。シソジュースなんて葉っぱ煮て砂糖加えておしまいなのに、どうやったらあんなにマズくできるのよ意味がわからないわよ。

 

”本当にそうよ。どうやったらあんなにマズくなるんだろうって、みんなで大盛り上がりよ。でも一回、橋本さんがおじいさんにレシピ聞いたら、普通のレシピだったって言ってたわよ。庭で作ったシソを朝四時に起きて摘んで、新鮮なうちに作ってるんですって。じゃあなんであんなにマズくなるのよ。

 

僕は笑いをこらえるのに必死だった。シソじーさんは四時起きでゲキマズシソジュースを作る。それをジムで配り歩き、今に話しかけられるんじゃないかと戦々恐々とするおばさんたち。そんな彼女たちに気づかずに大量のゲキまずシソジュースを配るシソじーさん。彼女たちの家には飲まずに放置されたシソジュースの山が出来上がる-

 

”隠し味で変なもの入れてるんじゃないかって、橋本さん言ってたのよ。でね、橋本さん、シソじーさんと長い付き合いだから家まで行って一緒にシソジュース作ったんだって。”

 

”橋本さん仲いいのねえ。”

 

橋本さん、なんと行動的なこと。シソじーさんの牙城に自ら赴き、ゲキマズシソジュースの謎を解き明かしに行ったのか。

 

”でね、今日はあたしが作るからーって台所立って、代わりにシソジュース作ったんだって。ちゃんとシソじーさんのシソ使ったのよ。そしたらね、普通に美味しいシソジュースができたんだって。レシピもシソじーさんと全く同じに作ったのに。”

 

”ほんとう?!”

 

ほんとう?!

 

おばさんと同じリアクションをしてしまった。

こうなるともうシソじーさんの手から謎のゲキマズ成分が分泌されているとかしか考えられない。シソじーさん、なぜあんたのシソジュースはマズイんだ。

 

”で、橋本さん、それシソじーさんに飲ませたら、’うーん、俺の方がうまいかなー’なんて言われたんですって。それで頭来ちゃって、’あんたのシソジュースなんて飲めたもんじゃないわよ!どうやったらあんなにマズくできるのよー!’って言ってやろうとしたんだけどね、なんとか踏みとどまって。

 

”まあ。”

 

まあ。

 

橋本さん、辛かったろうな。よく我慢した。いや、我慢しない方が良かったのか。いずれにせよ、イカれているのはシソじーさんの味覚だったのだ。

 

”そしたらシソじーさんも調子に乗っちゃって、その場で自分でシソジュース作り出したそうなのよ。で目の前で普通に作り出してね、完成したの飲まされたんですって。”

 

”それで?”

 

 

それで?

 

 

”味はね、”

 

 

”味は?”

 

 

味は?

 

 

すーーーんごい、まずかったんだって。

 

 

 

”もうなんでなのよー”

 

 

な  ん で な ん だ

 

 

なんでなんだシソじーさん。なぜあんたのシソジュースはマズイんだ。

 

謎は全く解決しなかった。

 

おばさんたちはサウナを出ていった。

 

ジムに来てはゲキマズ自家製オリジナルシソジュースを配るシソじーさん。彼は今日も陽が登る前に庭に出て、朝一番のシソを摘む。誰かが俺のシソジュースを待っている。シソじーさんの手は、シソの赤紫色に染まる。

 

おばさんの家には、手付かずのシソジュースが積まれていく。今日はあの人に会わないかしら。恐る恐る、彼女たちは今日もジムの扉を開ける。

 

すれ違う気持ち。報われない想い。

 

ジムのサウナで、僕はそんなことを考えた。

 

いかんいかん、のぼせるところだった。

 

僕は立ち上がり、サウナを後にする。

 

 心なしか、サウナからシソの香りが

 

 

 

 

しなかった。

 

 

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