M-1グランプリ2019の決勝に進み、一躍注目の的となった『ぺこぱ』
実は僕は一度、同じ舞台に立ったことがある。
僕は以前、学生がメインで登場するお笑いライブに出たことがあり、そのときのMCがぺこぱだった。
当時僕は大学一年生で、中野駅から徒歩10分くらいの小さなライブハウスで開催されるお笑いライブに出た。
本当に小さなライブハウスで、客席にはボロボロガタガタの椅子が並び、30人がギュウギュウになって何とか入れるくらいの狭さだった。
僕ら学生芸人はステージの裏にある楽屋で待機するのだが、「楽屋」なんてのは名前だけで、ただの"空いてる空間"だった。出演者20人ほどがその狭い楽屋に押し込められた。当然座るスペースもなく、空調も効いておらず、汗をかきながら出番までネタを合わせていたのを覚えている。
そんなライブに、MCとしてぺこぱが来ていた。
なぜそんな小さなライブにM-1決勝にまで進んだぺこぱが?と思う人もいるかもしれないが、当時のぺこぱはまだまだ売れてなかった。僕自身そのライブに出るまでぺこぱを知らなかった。学生のライブでも特別に控え室が用意されてるわけでもなく、学生芸人が押し込められているのと同じ部屋の、隅に置かれた申し訳程度の椅子に座り準備をしていた。
当時と今のネタのスタイルはかなり違うが、松蔭寺さんの独特なスタイルは今と同じで、隅で黙々とメイクをしていたのを覚えている。
お笑いライブはまずMCから始まり、順に出場者がネタを披露し、最後にMCが挨拶をして終了という流れで開催される。
僕が参加したライブでは、まずぺこぱがMCをし、その後に学生芸人がネタを披露。最後にぺこぱがネタを披露して、MCで終わり、という流れだった。
僕は漫才を最後の方にしたのだが、全くウケず、何のためにこの狭い会場で長い間立って待ってたんだろうと、空虚な気持ちでいた。
全ての学生芸人の出番が終わり、最後にぺこぱがネタを披露していた。ウケていたが、会場が割れるくらいの盛り上がりとまではいってなかった。
「さて、最後の挨拶の前にトイレにでも行ってくるか」と、便座の壊れた汚いトイレで用を足した。
楽屋に戻る途中、出番終わりのぺこぱとすれ違った。
会場には一応エアコンはついているのだが、その日は満席ということで熱気が凄かった。
すれ違ったぺこぱは二人とも汗だくで、特に松蔭寺さんのメイクは崩れ、髪もボサボサだった。
当時、まだ斜に構え、合理的でないことは無駄と割り切っていた僕は彼らの姿を見て
『この人たちは一体何を目指しているんだろう。』と思った。
芸人を初めて数年が経過しているのに、こんなに小さな狭い会場で、学生のライブのMCをしている。
この先、売れるかどうかなんて分からないのに、いつまでこんなことをするのだろうかと。
暑くて朦朧とする意識のなか、汗だくで最後のMCをするぺこぱの背中を見ながら、僕はそんなことを考えていた。
あれから数年、あのとき同じ舞台に立っていた二人が、日本中が注目するM-1の最終決戦の舞台に立っていた。
敗者復活を勝ち上がり、優勝候補とされていた和牛を下し、最終決戦に進んだぺこぱ。
あの日、中野の狭い、暑いライブハウスで汗だくになりながらネタを披露していた二人が今、何千万人という人が注目するM-1の最終決戦の舞台に立っている。固唾を飲んで見守るとはまさにこのこと、微かな緊張と心の奥底でふつふつと高まる期待と共に、僕はテレビに釘付けになった。
約4分間のネタが終わり、結果発表。ぺこぱは優勝を逃したが、あの二人が今、テレビに堂々と映る姿を見て、僕は胸がいっぱいになった。
誰しも花開くまでには苦難の道のりがある。
苦しみ、もがいている姿は、ハタから見たらカッコ悪いかもしれない。
しかしハタから見てカッコ悪くても、泥水をすすりながら地を這っていても、確実に前に進むことができる。
カッコいいのはいつだって、カッコ悪く頑張ってきた人たちだ。
かつての僕は、そんなカッコいい人たちのカッコ悪く頑張る姿を、カッコ悪いと思っていた。でもそれは間違いだ。
カッコつけて、頑張ることを鼻で笑うことこそが、本当にカッコ悪いことなのだ。
僕もこうして文章を書いて、それがよく分かった。今ではそれなりに良い文章が書けるようになった自信があるが、始めの方なんてメチャクチャなモノばかり書いていた。でも、いつか花開くには、いつかたくさんの人に読んでもらえるようになるには、カッコ悪い自分をさらけ出すしかなかった。
それから数年、幸運なことに僕の書く文章は、たくさんの人に読んでもらっている。
今、いろいろな世界で輝いている人たちは、元から才能に恵まれていて、とんとん拍子で表舞台にまで登り詰めたと、そう思っている人も多いかもしれない。
しかし、彼らには誰にも知らない苦節に時代があったのだ。
誰にも見向きもされなくても、相手にされなくても、納得の結果が得られずとも、いつか花開く日を夢見て地を這ってでも前に進んできた日々があるのだ。
僕たちも、泥臭く、しかし確実に一歩ずつ前に進んでいくしかない。
そして誰かの努力を鼻で笑うのではなく、精一杯手を叩いて、声をかけ応援する。
そんな前向きな姿勢で生きていけば、いつか僕らも応援されるような人間になれるのではないだろうか。
きっとそうだ。
あの日同じ舞台に立ってたぺこぱが、M-1の最終決戦に出ていた姿を見て、僕もまた、カッコ悪く、泥臭く頑張っていこうと、再び決心した。
今年のM-1もたくさん笑った。
2020年もたくさん笑って、たくさん笑わせる、そんな一年にしたい。
それではみなさん、よいお年を。