ストイックに生活しないともったいないという感覚

 

 

僕の掲げる人生のテーマが『最強になる』なので、僕はいま『最強になる』ために自分を追い込む生活をしている。

 

朝早起きして作業をして、筋トレをして、いい筋肉を作るためにご飯は自分で作る。

頭を使って自分で仕事を作り、こなし、お金を生み出す。

 

この過程は非常に楽しく、『いま僕は目標を達成し、成功体験を積み、強くなっている』という事実が僕に自信を与え、さらに明日を生き抜くエネルギーになっている。

 

不思議なことに、目標を高く掲げて生活していると、周りにもそのような志の高い人が集まっている。

 

僕が尊敬している人、よく会う人は例外なくストイックだ。

 

それぞれがそれぞれの掲げる目標達成に向けて猛烈に頑張っている。彼らの姿はかっこよく、自ら主体的に情報を集めているため話がとんでもなく面白い。彼らといると自分も頑張らなくてはいけないとさらにやる気がみなぎってくる。

 

『よく会う人は例外なくストイックだ。』と書いたが、おそらく自分がストイックになるの、なんとなく惰性で生きてるやる気のない人間と関わる気が失せるからだろう。

 

124時間という誰にでも平等に与えられた限られた時間を最大限活かしたいのに、話したところでなんの面白みもない人と会う暇はない。

 

自然と付き合う人間も変わっていく。

 

それは当然のことで、とても健康的で素敵なことだと思う。

 

 

自分のレベルが上がるに連れ、付き合う人間は変わっていかないとおかしい。

逆に何年も同じメンバーとつるんでいるということは、自分が何も成長していないということかもしれない。

 

少なくとも僕は、毎年新しい人と知り合い、非常に刺激を受けている。

 

以上のように僕は『最強になる』ために『ストイック』に生活しないともったいないという感覚で生きている。

 

一方で『僕はストイックにはなれないから平凡に生きたい』という意見も存在する。

 

たまに質問箱に意見をもらうのだが、『中島さんを見ていると何もしていない人は存在価値がないのではないかと悲しくなります。平凡に平和に暮らしたいのはダメなのでしょうか。』と送られてくる。

 

人の考えはそれぞれなので僕はもちろんそのような考えもありだと思っている。

が、こういった意見にはちょっと戸惑ってしまう。

 

『中島さんとかいろんな人が”好きなことに熱中しよう”みたいな発信をすると、僕らのような何もしたくない層は苦しいです。人の生き方なんてそれぞれなんだから強制しないでください。』

 

僕は一度も強制したつもりはない。なんどもいってるように人の生き方はそれぞれだ。

 

ただ『頑張って目標を達成して自信がつく』という経験は、万国共通で素敵なことだと思っている。

 

『頑張る』か『頑張らないか』でいったら僕は前者を選ぶし、もはや選択肢としては

 

『頑張る』か『超頑張るか』の二択しかないと思っている。

 

ストイックに生活しないともったいないという感覚でこれからも生きていきたい。

 

このブログを通して皆さんが少しでも前向きになれたら何よりも嬉しいと思う、今日この頃であった。

 

意識高い系中島diary

  結論、俺たちは頑張らなくては下に落ちていくだけなので、頑張る以外に道はない。   俺たちは、勉強しないと、学ばないと…

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